Interview

都市に自然を取り戻すための活動を続ける造園家の原点は、落水荘(後編)

自然に感謝し自然との共鳴を考える。土地本来の環境や歴史に最大限のリスペクトを

齊藤太一さんが率いる「SOLSO」は、植物・ランドスケープデザイン・施工のプロフェッショナル集団。全国各地で、植物と建物が調和した住宅や商業施設、オフィス空間などを手がけている。最近は、生活に取り入れられる植物や関連グッズの買い物を楽しみながら、グリーンのある住まい・環境を体験できる「SOLSO FARM」(神奈川県川崎市)や「SOLSO PARK」(東京都港区)も人気を集めている。

そんな齊藤さんの原点は、フランク・ロイド・ライトの設計した「落水荘」だという。これまであまり語ってこなかったという、ライトおよび落水荘に対する思いについて教えていただく。(後半)

  • 造園家 齊藤太一氏

    ランドスケープやインドアグリーンのデザインを行うSOLSO、グリーンのある暮らしを提案するSOLSO FARMなどを運営する株式会社DAISHIZEN代表。話題の商業施設や建築家とのコラボレーションを数多く手がけている。自身のキャリア20周年を迎えた2018年から造園家を名乗ってリスタート。都市に自然を取り戻したいという自身の理想を具現化すべく、活動の幅を広げている。

フランク・ロイドに関する蔵書の数々。中には貴重なサイン入りのアンティーク本も

土地本来の環境や歴史に最大限のリスペクトを

齊藤さんのご自宅があるのは、23区内のごく普通の住宅街。そこでどれだけ地域の環境に即し、歴史を踏まえた建物や庭が作れるかという挑戦のパートナーとして声をかけたのは田根剛さん。「建築とは土地の記憶を作ること」と明言する建築家だ。

「最初にいただいたプランは、非常に都会的でかっこいい物でした。でも、そういう家じゃない。土地から隔絶した存在ではなく、その土地の自然と融合できて地域の文化と関わっていけるものを作りたい、という思いを共有して、三年ぐらい一緒に試行錯誤しました」

その結果、2018年に完成した住宅は、渓流沿いの斜面に立つ3階建て。1.5階部分にある玄関を入り、エントランスホールを経てゆるやかに弧を描く階段を降りると、天井が高く開放的なLDKに至る。大きな窓の外にうっそうと茂る庭の植物はほぼすべて、この場所の環境を考慮して選び、植えたものだそう。

「僕は、土地とは分離した箱として建物を作るべきではないと考えます。だからまずその土地の歴史や地域の文化をリサーチして本来あるべき姿を知り、それに敬意を表して庭や建物を作りたいと考えています。この家と庭を作るときには、決して広くはない、隣家がすぐそばにある分譲地に、どれだけ環境に即した生態系を作れるかを考えました。普通に考えると、太陽は東から上り西に沈む、冬は北風が吹く、ということを基盤に考えると思いますが、それは遮るもののない大草原のような環境であって、都市では当てはまらないんです。

高い建物が密集する大都会では、太陽が昇る位置は必ずしも東ではありません。東から登った太陽の光は遮られ、代わりにビルの窓ガラスに反射して西から昇るかもしれません。壁に阻まれて風も吹かないでしょう。

この敷地も、限られた面積ながら場所によって湿度や温度は全く異なります。斜面沿いで、東隣の家がかなり高い位置にあるので、そちら側からは光が入らず、地面もややジメッとしがちです。なので周辺地域に自生するものだけでなく、世界各地の植物から、日陰や湿気に強い品種を選んで植えました。一方で、西側は少し抜けがあるため西日はまあまあ当たり、風も吹き抜けるので、そうした環境にふさわしい品種を選んでいます。

一見ボサボサかもしれませんが(笑)、植物や環境などの知識に基づいて緻密な計算のもとに作り上げた「自然」なんです。最初に作るのは大変ですが、あとは環境になじんで自然に育ってくれるので、メンテナンスはそんなに難しくないんですよ。

ライトも言っていますが、庭に関しては、土着の植物を植えないと無理が生じます。『土着』といっても在来種のみで構成すればいいということではありません。今までとは気候が大きく変わったので、東南アジアの品種の方がふさわしかったりするケースも多々あります。もちろん、大自然が残る場所に外来種を持ってきて植えるのは絶対NGだと思います。ただ、東京のようにすでに自然が壊れてしまった大都市では、もう在来種にこだわる必要はないと思うんです」

齊藤さんのご自宅のLDK。窓の外に生い茂る緑は、この場所の湿度・日照などに配慮して厳選された

ライトは庭づくりにおいて、敷地の境界に塀などを建てず、植物を積極的に使っている。これは東京の都心でこそ生きるやり方だ、と齊藤さんは言う。

「この家の庭にも塀は作らず、木々で柔らかく境界を作っています。そうすると、お隣さんにとっても窓の外に気持ちいいグリーンが見えることにもなります。プライバシーを守るためにとがっちりした壁を建ててしまうと空気が止まってしまうし、人と人との関係性も分離されてしまうんです。

また、隣のお宅の庭にシュロが生えているので、うちにもシュロを植えました。するとお隣からうちへ風景の連続性が生まれて、うちの庭が広く見えるんです。ということはあちらでも自分の庭が広く見えると言うこと(笑)。塀の代わりに植物を活用することで、みんなが豊かになる。そんな豊かさを達成していくには、新しい感覚を持ち、植物についてもっと幅広い知識がある造園家が必要だと思います」

壁や床などにはできる限り自然素材を使う。素材を使っても、日本では建物を容易に建て替えるし、自然災害で破損することも多い。その場合、100年腐らないことを謳うような人工的な素材は、長く残るゴミになってしまうからだ。

「うちの壁は、ここの地面の土を混ぜて左官仕上げにしています。庭石は富士山の溶岩。溶岩は地球の中心から噴き出してくる大地の象徴だから、川石ではなく溶岩を使いたかったんです。それにこの一帯は、高い建物が建つ前は富士山がよく見えた。今もうちの3階から見えます」

大地に刻まれた歴史も取り込み、作り上げた家と庭なのだ。

都市に未来を取り戻し、未来へつなげたい

今、齊藤さんは、大手デベロッパーが推進する都市計画のチームにも参加している。未来の大都市に自然を取り戻すためのまちづくりだそう。齊藤さんが自邸の庭で実現した「新しい自然」を、ひとつの街の規模で取り戻そうという計画だ。

こうした計画を考える上で、齊藤さんにとっての究極の理想はやはりライトの落水荘だ。

「僕は、ライトのデコラティブなデザインが好きなわけではないんです。落水荘もノリで構造的にチャレンジしているわけじゃなく(笑)、原理原則があり、哲学を持って作っていることがすばらしいと思っています。
建築は大地にかける屋根であり、大地の上での暮らしや活動を支えるために、自然に感謝して、自然との共鳴を考えながら屋根と壁を作るというのがライトの考え方。そういう地球的な視点と同時に、プライバシーというような人間的な視点を兼ね備えているところがすばらしいと思うんです。ごく当たり前のはずなんですが、それを考えている建築家は、特に日本には少ないと痛感します。

僕はまだ造園家と名乗り始めて1年目なので、偉そうなことはまだ言えませんが、最近は少しずつ発信し始めています。ライトが残した傑作も、何百、何千という物件を作った上で生まれたもので、そこに到るまではとんでもない経験を重ねてきたはずです。僕も、あと少なくとも10年は、造園家としての修行期間だと思っています。

今、僕に庭づくりを発注してくれるお客様たちはいい意味でややこしい方ばかり(笑)。芸術的な知識が豊富でセンスも抜群なので、要求のレベルがものすごく高いんです。だからこそたくさん勉強させていただいているので、これからもこうしたクオリティの仕事を続けることができれば、それなりの造園家になっているのではないかと思います」

今齊藤さんが携わっているプロジェクトは、個人の庭から屋上農園や公園といった公共空間まで多種多様だが、どれも目指すものは同じ。

「都市に自然を戻し、未来へつなげることが最終目的です。落水荘そのものは作れなくても、そこにある考え方に基づいた生き方ができる未来を想像するためにがんばっているところです」