建築単体じゃなく自然と建物を融合させる思想を、ライトから学んだ
齊藤太一さんが率いる「SOLSO」は、植物・ランドスケープデザイン・施工のプロフェッショナル集団。全国各地で、植物と建物が調和した住宅や商業施設、オフィス空間などを手がけている。最近は、生活に取り入れられる植物や関連グッズの買い物を楽しみながら、グリーンのある住まい・環境を体験できる「SOLSO FARM」(神奈川県川崎市)や「SOLSO PARK」(東京都港区)も人気を集めている。
そんな齊藤さんの原点は、フランク・ロイド・ライトの設計した「落水荘」だという。これまであまり語ってこなかったという、ライトおよび落水荘に対する思いについて教えていただく。
-
造園家 齊藤太一氏
ランドスケープやインドアグリーンのデザインを行うSOLSO、グリーンのある暮らしを提案するSOLSO FARMなどを運営する株式会社DAISHIZEN代表。話題の商業施設や建築家とのコラボレーションを数多く手がけている。自身のキャリア20周年を迎えた2018年から造園家を名乗ってリスタート。都市に自然を取り戻したいという自身の理想を具現化すべく、活動の幅を広げている。
落水荘との出会いが人生を変えた
岩手県出身の齊藤さんは幼少時から植物に親しみ、高校時代にはすでに園芸の仕事を始めていた。そんなときある本と出会い、そこに掲載されていた落水荘の写真に衝撃を受けた。
落水荘(Fallingwater)は、フランク・ロイド・ライトによって、1939年、ピッツバーグ郊外に建てられた個人邸。森に囲まれ、滝と一体となったかのような卓越したデザインはライトの最高傑作のひとつとされ、建築史上でも重要な存在として知られている。
「その本を枕元に置いて毎晩のように見ているうちに『建築単体じゃなく、自然と建物を融合させている思想も素晴らしいんだ』と気づきました」
ライトは「自然の中に溶け入り、しっくり納まるよう、その地の風景や生命のリズムを乱さないよう建物を建てるべき」と、自然に配慮しつつ住む人にフィットした「有機的建築」の重要性を提唱していた。
その考えに感銘を受けた齊藤さんは、ライトがやったようなことを庭でもやってみたいと思って参考になる本を探すが、イングリッシュガーデンや正統派日本庭園に関するものばかり。齊藤さんが目指す庭づくりが、ジャンルとして確立していないのだと悟った。
「庭も、ライトの建築のように自然への感謝や敬意を込めたものであるべきだけど、それができる庭師や造園家がいない。ならば自分がそうなりたいと考えました。——ただいきなり偉そうに理想を語っても、世の中の人は聞く耳を持ってくれません。まずは植物屋としてプロになろうと決心しました」
高校卒業後に上京して勤めた生花店で、様々なスタイルの庭を手がけ、インテリアグリーンや生け花、フラワーアレンジメントなど庭やグリーンのことであれば何でも貪欲に学び、経験を積んだ。するとそのうち、建築家から齊藤さんに直接オファーが来るようになった。
「なぜかと言うと、そもそも建築が好きで、建築的な知識や感覚を持ち合わせていたからだと思います。当時僕が持っている本は、建築やインテリア関連のものばかりでしたし。植物は国内外の生産者さんから実地で学ぶことが多くて、植物関連の本はほとんど持っていなかったんです。
建築家の方からいただく仕事は、東京のものすごくかっこいい建築の庭づくり。僕は田舎にいた時、ちょっとおしゃれな店舗や病院などの庭づくりを経験してはいましたが、それとは全然ジャンルが違うんですよ。それでも注文を受けたら、顧客が求める以上のクオリティでアウトプットすることだけを考えて取り組んでいたところ、多くの方が僕を信頼してどんどん仕事を振ってくださるようになり、庭づくりが本業になっていきました」
おしゃれなライフスタイルを入り口に、環境に対する意識変革を
東京での庭づくりが認められ、名だたる建築家ともコラボレーションするようになっていた時期、気候変動や地球温暖化、環境問題に対する危機意識から、人が自然との向き合い方を変える必要があるとも考え始めた。植物の表層的なかっこよさを追求するだけでは何か足りないのではないかと感じるようになり、2011年に独立して、植物のプロ集団「SOLSO architectural plant farm」を設立した。
「日本人の環境に対する意識を変えるには、まずは生活に植物を取り入れ、手入れも自分でするという基礎が必要じゃないかと思ったんです。日本では造園屋さんなど人に庭仕事を任せてしまう伝統がありますから。そこで『おしゃれ』『かわいい』を打ち出すことにしました。スタイリストさんやファッションブランド、ライフスタイルブランドなどと積極的にコラボして、おしゃれな店に必ず印象的なグリーンがある、という状況を作りました。そこを訪れて植物の魅力に触れた人が、家に置いてみたいとか、ゆくゆくは庭を作りたいと思えるようにしたかったんです。
ただそう思い立った時、僕が体験したように、見本となるのがイングリッシュガーデンや伝統的な和風の庭だけだったらテンションが下がるじゃないですか。そこで2013年、川崎にSOLSO FARMを作りました。少し大きめの、今の時代にあった緑のあるライフスタイルを提案するお店です。さらに2018年には南青山に、SOLSO PARKをオープン。いわばSOLSO FARMの都会版です。こんな風に、徐々に『緑のある暮らし』を浸透させてきました。
僕はここまでを、『偉くなる』ための修行期間だと思っていました。『偉くなる』というのは、僕が正しいと思うことを世の中に発信した時、ちゃんと聞いてもらえる立場になる、という意味です」
「正しいと思うこと」とはつまり、ライトの提唱する思想に基づいて、自然と融合した家や庭を作ることだ。
「SOLSOの経営が軌道に乗り、世の中にも貢献できているという手応えを感じられるようになったところで、スタッフに『そろそろ始めてもいいかな?』と相談しました。以前から自分がやりたいことを伝えてきていたので、『もちろんいいです』と快諾してもらえました。去年、植物の仕事を始めてから20周年というタイミングだったこともあり、SOLSOの事業も継続しつつ、本来やりたかったことにも本腰を入れることにしたんです」
そこで、これまでは「グリーンプロデューサー」「アーバンガーデナー」などと呼ばれてきたが、改めて「造園家」という肩書きを名乗った。
「『造園家』と名乗り始めたのは、確固たる原理原則や哲学を持って、自分が正しいと思うクリエイションに取り組むための決意表明の意味があります。
取り組みたいのは、22世紀までに、19世紀から20世紀にかけてぶっ壊した都市の自然を取り戻すということ。取り戻したいものを、僕は『新自然』と表現しています。壊す前とは気候も変わっているし文化も全く変わっているので、元の状態に戻すのではなく、今の環境に適応した自然、つまり『新自然』を作る必要があるのではないかと思うんです」
その第一歩として手がけたのが、齊藤さんのご自宅だった。どんなコンセプトに基づいた計画だったのか、詳しくは後編にて。